

【労働問題コラム】判例速報:運賃1000円の着服等を理由とする公営バス運転手の退職金手当等の全部不支給処分が適法とされた事例(元裁判官・労働審判官 弁護士内田健太)
判例速報:地方公共団体経営のバスの運転手が運賃の着服等を行ったことを理由になされた一般の退職金手当等の全部不支給処分が適法であるとされた事例
はじめに
公営バスの運転手が、運賃1000円を着服したことなどを理由として受けた退職金1200万円を全額不支給とする処分について、処分は違法だとして運転手側が取り消しを求めていた訴訟で、最高裁はこれを適法だったとして取り消しを認めない判断をしました。
判決のポイントについて、中小企業診断士・社会保険労務士・弁護士(元労働審判官・裁判官)の内田健太が紹介いたします。
1)問題の所在
本件は、地方公共団体経営のバス会社の運転手が、以下の非違行為を理由に退職金全額を不支給とされたことの適法性が問題になった事案です。
着服金額の少なさや、大阪高裁が違法とした判断を最高裁が覆したことから、社会的にも注目を集める判例となりました。
【問題となった行為】
➀バス運賃1000円の着服
➁運転席での電子タバコを使用(5回)
2)高裁の判断
大阪高裁は、要旨以下の理由から、退職金の不支給処分を違法と判断しました。
【高裁の判断理由】
➀バス運転手の職務内容は民間の同種の事業と同じである
➁実際にバスの運行等に支障が生じたり、公務に対する信頼が害されたとはいえない
③被害金額は1000円にとどまり、被害弁償もされている
④在職期間は29年に及び、一般の退職手当等の額は1211万円であった
⑤本件以外に非違行為はない
3)最高裁の判断
最高裁は、要旨以下の理由から、高裁の判断を破棄して、不支給処分を適法と判断しました。
【最高裁の判断理由】
➀着服行為は、公務中に公金を着服したという点で重大である
➁バスの運転手は、仕事の性質上運賃の適正な取扱いが強く要請される
③➀➁からすれば、着服行為はバス事業の適正を害し、信頼を大きく損なう
④喫煙行為も、1週間に5回も行われており、勤務状況も良くない
⑤運転手の情状を特に考えるべき事情もない
⑥面談に際して、当初は着服行為を否定しており、態度も誠実でない
4) 本判決が示唆すること
・事件の個別事情がもたらした限界事例
「たった1000円の着服で、29年間も務めてきた退職金約1200万円を全部不支給にするのはやりすぎではないか?」
という価値判断が、大阪高裁の判決の背景にあったと思います。実際、この価値判断は、国民感覚としてもそれなりに理解を得られる面もあるのではないかと思います。
他方、最高裁の判断は、「バスの運転手を公務として行う運転手にとって、乗客から集めた運賃を適正に管理するというには、業務上の根幹的な義務であり、運賃の着服を許した場合の、バス運転事業への信頼失墜の程度は重大である。再発防止のためにも、厳格な処分が必要である。」という価値判断が根底にあると考えられます。
あくまで、「公務員であること」「バス運転手による運賃の着服という業務の根幹の義務違反であること」「当初調査で否認していたこと」等の事情が揃ったことによる、限界事例な判断であったように思います。
・着服金額だけでなく、職務の性質など、様々な要素を考慮する必要あり
そのため、本判例から「最高裁から、1000円の着服でも、退職金全額を不支給とすることが許されるとの見解が示された」と安易に考えるわけにはいきません。
むしろ、「退職金不支給の可否は、着服金額だけではなく、職務の性質や着服の態様等、様々な要素を考えて具体的に判断するべきである」というのが本判決から得られる示唆だと考えられます。
着服行為があった場合に退職金の全部・一部の不支給が許されるかどうかは、着服金額のみではなく、着服に至った経緯、業務の内容や着服の態様、被害回復の有無、着服後の態度等を総合的に考えて、個別具体的に判断されるべき事柄です。
弊所としても、非違行為を理由に、退職金を不支給としたい(された)といった相談を受けた場合には、本判例も参考にしつつ、事案に即したアドバイスを提供できるよう努めてまいります。
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