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改正相続法を知ろう!~連載第13回(最終回)~

弁護士・北海道大学名誉教授 吉田克己

 

連載第13回(最終回) 所有者不明土地問題と相続法改正

 

この連載では、前回までで2018年に実現した相続法改正の概要を説明しました。
それらのうち、遺言の方式緩和については2019年1月13日から、他の改正部分については原則として2019年7月1日から施行されました。
残った配偶者居住権と配偶者短期居住権も、2020年4月1日に施行され、民法改正部分はすべて施行されました。
あとは、遺言書保管法が本年2020年の7月10日の施行を待つだけになっています。

ところが、この改正からまだ2年も立っていませんのに、すでに次の相続法改正の検討が始まっています。
もっとも、これは、現在深刻な問題となっている所有者不明土地問題への対処を目的とする法改正で、対象は、相続法だけではありません。
共有制度、財産管理制度、相隣関係、土地所有権の放棄など、所有者不明土地問題への対処を担う民法上の各種法制度の改正が課題となっています。
さらに、不動産登記法の改正も問題になっています。そのような中で、相続法の改正も重要な課題の1つとして議論されているのです。

法制審議会の検討作業は、2019年3月に始まりました。
その作業は迅速に進行し、同年12月には、『民法・不動産登記法(所有者不明土地関係)等の改正に関する中間試案』
(以下では、単に『中間試案』といいます)が公表されています。
そのパブリック・コメント手続も終わり(2020年1月~3月)、現在は、その結果を整理して、それを踏まえた新たな改正案を作成する作業が行われているところです。

今回は、連載の最終回として、上に挙げた『中間試案』に示されている相続法関連の改正案のうち、とりわけ重要性の大きい2つの改正案を取り上げて解説したいと思います。
具体的には、⑴相続登記の義務化と⑵遺産分割の期間制限の2つです。

 

Ⅰ 相続登記の義務化

1 問題の所在

ある土地について何らかの理由があって所有者を知りたいという場合に、まず閲覧するのは、不動産登記です。
ところが、不動産登記を見ても、かなり以前に死亡しているに違いない人の名前が出ているだけで、現在の所有者の氏名がそこから明らかにならない場合がしばしば見られます。

2017年にこの問題に関連する調査が実施されたのですが、それによりますと、調査対象になった63万筆弱の土地の中で、不動産登記簿だけでは所有者等の所在を確認することができない土地の割合は22.2%に上りました。
もちろん、そのうちの多くは、さらに調査を行えば所有者が判明するのですが、調査を行わなければならないこと自体、かなりの負担になります。
そして、この所有者不明土地のうち、65.5%は、相続登記がなされていないものでした。いわゆる相続未登記問題です。

このようにして、相続未登記問題が、所有者不明土地問題の原因の重大な1つであると認識されるようになりました。
それでは、どのようにしたら相続未登記問題を改善することができるのでしょうか。

 

2 相続未登記問題への対応

(1)公的機関からの死亡情報の入手・活用

1つ考えられるのは、登記所が他の公的機関から死亡情報を得て、それを相続登記促進のために活用することです。
『中間試案』は、これを相続未登記問題対策の最初に掲げています。

死亡情報を得るためには、戸籍や住民基本台帳と連携することが考えられます。
そのために、『中間試案』は、まず、登記所は、登記名義人に対して、氏名・住所のほか生年月日に関する情報を提供させるものとしています(第6・1⑴①)。
登記所は、このような情報を得ますと、これを探索キーとして、戸籍や住民基本台帳システムに定期的に照会を行うなどして、登記名義人の死亡の事実を確認することができるようになるわけです(第6・1⑴②参照)。
そして、このようにして登記名義人の死亡が判明しますと、登記所は、当該登記名義人の最後の住所宛に通知を送付して相続登記を促すことができます。
また、相続開始の事実を登記上に公示することができます(以上、第6・1⑵)。
このようにして、相続発生の事実を登記簿に反映することが期待されるわけです。
また、同様の措置が、登記名義人の氏名・住所情報の更新を図るためにも提案されています(第7・2⑴①②③)。
もっとも、これらは、相続未登記問題への対処策としては、本筋とは言えないでしょう。

(2)相続登記申請の義務化

(ⅰ)基本的考え方

相続未登記問題対処策のいわば本命として提示されているのが、相続登記申請の義務化です。
つまり、不動産の登記名義人が死亡しますと、相続人は、相続開始と自分が当該不動産を取得したことを知った日から一定の期間内に、相続による所有権移転の登記を申請しなければならないものとされます(第6・2⑴①)。
特定財産承継遺言(いわゆる相続させる旨の遺言)による所有権取得や遺贈による所有権取得の場合でも同様です(第6・2⑴②および③)。

(ⅱ)設例で見る義務化の内容

設例に基づいて義務化の基本的考え方とその内容を整理しておきましょう。

–設例–

Aが死亡し、相続が開始しました。相続人は、配偶者(妻)のB、長男のC、長女のDの3人です。
Aは、遺産として甲不動産を所有し、その登記名義人になっています。相続関係について次のような事情が生じました。

⑴Aは、遺言を残していませんでした。
甲不動産には財産的価値があまりなかったので、BCDは、遺産分割の協議をすることなく、相続の処理を放置しています。
法定相続分での相続登記もなされていません。このようにして、甲不動産は、A名義のままで時間だけが過ぎていきました。

⑵Aは、遺言を残していませんでした。BCDは、遺産分割協議を行い、Bが甲不動産を取得することになりました。

⑶Aは、遺言を残していませんでした。Bは、法定相続分での相続登記を行いました。その後、遺産分割はなされず、長期間が経過しています。

⑷Aは、特定財産承継遺言を作成しており、それによってBが甲不動産を相続するものとされています。

(a)相続処理の放置

上の⑴の場合には、BCDは、相続によって法定相続分に対応する甲不動産の共有持分を取得していますので、『中間試案』の考え方によれば、相続開始と当該不動産の取得を知った日から一定期間内に相続登記の申請をする「公法上の義務」を課されます。
当該不動産の取得を知った日というのは、多くの場合には、相続開始を知った日と一致するでしょう。ただし、Aの遺産に甲不動産が入っていることを知らなかった場合には、その事実を知った日になります。「一定期間」について具体的に何年にするかは、まだ案が示されていません。

相続の処理を放置してこの一定期間内に相続登記の申請をしませんと、BCDは、それぞれ「公法上の義務」違反ということで、過料に処されます。もっとも、過料の具体的額をどうするかについてはまだ案が示されていません。また、過料という制裁自体について、法制審議会内部で反対意見もあります。

(b)遺産分割による甲不動産取得

上の⑵の場合を考えます。この遺産分割は、「一定期間」内に行われたとします。
この場合には、甲不動産を取得したBが相続登記の申請義務を負うことに、問題はありません。
問題は、この場合の登記申請義務を何時までに履行しなければならないかです。
遺産分割によって甲不動産を取得することを知ったとして、この時点から再度「一定期間」が進行するということにはならないでしょう。
最初にセットされた「一定期間」内に遺産分割とその登記を終わらせるべきだというのが、改革の趣旨だと考えられます。

他方で、遺産分割が遅くなって「一定期間」経過後になってしまった場合には、BCDは、(a)で見たように、その時点で過料に処せられることになります。
その場合に、遺産分割で甲不動産を取得したBに、改めて登記申請義務が課されるのでしょうか。
この結論は不透明ですが、おそらくは、もはや登記申請義務は課されないことになるのでしょう。
また、この遺産分割について遅きに失した登記を行っても、最初の「一定期間」内に登記を怠ったことを理由とする過料が解除されるということにはならないでしょう。

(c)法定相続分での相続登記

上の⑶の場合のように、法定相続分での相続登記を行えば、相続登記申請義務は履行したことになります。
その後、遺産分割をしないで長期間が経過しても、登記申請義務との関係で問題が生じることはありません。

(d)特定財産承継遺言(相続させる旨の遺言)

上の⑷の場合には、特定財産承継遺言によって甲不動産の所有権を取得したBが、相続開始と当該不動産の取得を知った日から一定期間内に相続登記の申請をする「公法上の義務」を課されます。
当該不動産の取得を知った日とは、Bは相続人ですから、多くの場合には、特定財産承継遺言の存在とその内容を知った日ではなく、相続開始を知った日とされることになるでしょう。

(ⅲ)相続人申告登記

上の(c)で見ましたように、法定相続分の登記でも申請義務の履行をしたものと認めるというのが『中間試案』の基本的考え方です。
しかし、法定相続分での相続登記を行うには、戸籍を含めて多くの必要書類を集めなければなりません。
それは、相続人にとっては、大きな負担となります。そこで、もっと簡単に申請義務の履行を認めるために考えられたのが、相続人申告登記です。

この登記は、登記名義人の法定相続人の申出に基づいて付記登記の形で行われます。
当該法定相続人の氏名・住所は登記事項とされますが、その持分は登記事項とされません(第6・2⑶ア)。
これによって、必要書類が大幅に軽減されます。そして、この登記によって登記申請義務は履行されたことになるわけです。

(3)相続登記申請の義務化の問題点

以上のような相続登記申請の義務化については、いろいろ問題点が指摘されています。

第1に、理論的問題が指摘されています。登記は、本来、私人間の法律関係において対抗力を付与するための制度です。相続登記の場合には、単純に対抗要件とは言いにくい点もあるのですが、この連載の前回までで解説してきた相続法の2018年改正によって、対抗要件としての意味が大きくなったことはたしかです(民法899条の2第1項)。そのような対抗要件としての登記を強制するというのは、理論的に正当化が難しいということです。

第2に、実務的には、義務化しても果たして実効性が確保できるのかという問題が指摘されます。違反の場合に課される過料の額にもよるのですが、相続登記にかかる登録免許税額や登記するための手間を考えますと、過料を払っても相続登記を放置することを選択する相続人が出てくるのではないかという問題があるのです。その場合に再度の過料が可能かというと、それはなかなか難しいでしょう。

相続登記申請の義務化には、このように、さまざまな問題があります。それらはたしかに問題なのですが、相続登記申請の義務化は、今回の改正作業の目玉の1つです。したがって、この改正は、何らかの形で実現する可能性が大きいでしょう。比較的簡単に申請義務をクリアすることができる相続人申告登記とセットに申請義務が認められる可能性が大きいそうです。

 

3 遺産分割の期間制限

(1)改正への基本的問題意識

相続が開始しますと、相続人は、遺産分割の協議を行い、遺産に属する各財産が相続人の誰に帰属するかを決めます。
その上で、財産が不動産である場合には、その不動産を取得した相続人への所有権移転登記を行います。これが通常のあり方です。
しかし、遺産分割手続を行うかどうかは相続人にゆだねられていますし、遺産分割を何時までにやらなければならないという限定があるわけではありません。
そこで、遺産にあまり財産的価値がないような場合には、相続人が遺産分割にメリットを見出さず、それを放置しておくということがありえます。
相続未登記問題の背景には、このような遺産分割の放置という事態が存在することが少なくありません。

遺産分割を放置しておきますと、遺産分割の実現はそれだけ難しくなっていきます。
といいますのは、遺産分割を行うためには、被相続人がある相続人について生前に相続分の前渡しの意味で財産を贈与していたり(特別受益)、反対に相続人が被相続人の経営を手伝ったりしていたことがありえます(寄与分)。
遺産分割の基準となる相続分(具体的相続分)は、これらの特別受益や寄与分を考慮して定められます。
しかし、相続から時間が経つほど、それらの事情がはっきりしなくなっていくからです。

遺産分割に期間制限を設けるという改正案が出てきたのは、そのような事情を背景としています。
期間として示されたのは、たとえば10年です。問題は、遺産分割をしないままこの期間を経過してしまったらどうなるかです。
初期の改正案では、通常の共有への移行という考え方が示されていました(「部会資料5」)。
通常の共有ですと、特別受益や寄与分を考慮する必要がなくなりますから、それだけ分割が簡単になります。

(2)『中間試案』の考え方

『中間試案』においても遺産分割の期間制限という考え方は維持されていますが、初期の構想と比較しますと、かなり後退しています。
問題関心はむしろ、遺産分割がなされないまま長期間(たとえば10年間)が経過する場合に、どのような効果を発生させるかに向かっているのです。
その中心は、具体的相続分の主張を排除すること、つまり、特別受益と寄与分の主張を封じることです。

初期の構想は、遺産分割が可能な期間を一定期間(たとえば10年間)に限定し、それが経過すると通常の共有に移行するというものでした。
ここでも、具体的相続分の主張が排除されることになります。
この具体的相続分の排除という効果がほしいのであれば、遺産分割の期間を限定しなくても、一定期間(たとえば10年間)が経過すると具体的相続分の主張が排除されるとしておけば足りるはずです。『中間試案』の構想は、まさにそのような発想に立っています。

このように構成する方が、一定期間経過後の制度設計に幅が生まれてきます。
『中間試案』は、このようにして、大きく分けると2つの制度設計を提示し、いずれが好ましいかを問うています。次の2つです。
【甲案】一定期間経過後も、遺産の分割は、遺産分割手続によって行う。ただし、一定の事由があるときは、特定の財産の分割を共有物分割の手続によって行うことができる。
【乙案】一定期間経過後は、遺産の分割は、遺産分割手続によってではなく、特定の財産ごとに共有物分割の手続によって行う。

初期の構想では、【乙案】しかなかったわけですから、制度設計の選択の幅が広がっています。
ところで、共有物分割の手続は、次第に遺産分割手続に近づいています。共有状態にある一群の物について裁判分割が行われる場合に、それぞれの個物の現物分割だけでなく、価格賠償さらには全面的価格賠償も認められるようになっているからです。
したがって、【甲案】でも【乙案】でも、現実にはそれほどの違いがないともいえます。
しかし、遺産であるという性格を失わせないのですから、【甲案】のほうが理論的には筋が通っているといえるでしょう。

ともあれ、今回の改正作業は、『中間試案』に対するパブリック・コメントを経て、これからが正念場を迎えます。
最終的にどのように改正が実現するか、注意して見守りたいと思います。

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