改正相続法を知ろう!~連載第12回~
弁護士・北海道大学名誉教授 吉田克己
連載第12回 遺産分割制度に関する見直し:一部分割(907条)、遺産分割前の財産処分の規律(906条の2)
この連載では、今回の相続法改正の対象となった諸制度のうち、最初に配偶者保護を強化するための諸方策を取り上げ、次いで遺言活用を促進する諸方策について取り上げました。前々回からは、それら以外の改正で重要なものを取り上げています。今回は、遺産分割制度に関する見直し、より具体的には、一部分割(改正民法907条)、遺産分割前の財産処分の規律(同906条の2)について取り上げることにします。今回の相続法改正に関する解説は、今回が最後です。次回は、連載の最終回として、今回の相続法改正からさほどの時が経っていないのにすでに始まっている再度の相続法改正の動向を紹介します。
Ⅰ 一部分割
【問題の所在】
最初に設例を出して、どのようなケースにおいて一部分割の問題が生じるのかを確認しておきます。相続関係は前回連載第11回のものと同じですが、その先が異なってきます。
設例1
Aが死亡し、相続が開始しました。相続人は、配偶者(妻)のB、長男のC、長女のDの3人です。Aは、遺産として甲不動産および乙不動産を所有するほか、E銀行に1200万円の銀行預金を有しています。
BCDの3人で遺産分割協議を開始しました。ところが、乙不動産の価額をいくらと評価するかについて意見がまとまらず、遺産分割協議が難航しています。
⑴ BCD3人の相続人は、まずもって価額評価に異論のない甲不動産と預金債権を対象として遺産分割協議を成立させることができるでしょうか。
⑵ ⑴の場合で甲不動産と預金債権を対象として遺産分割協議を成立させることが難しい場合に、BCDは、家庭裁判所に対して、乙不動産を除外して甲不動産と預金債権を対象とした遺産分割を請求することができるでしょうか。
【改正前の扱い】
改正前の相続法の下でも、共同相続人間の協議が調えば、遺産の一部を対象とした分割(一部分割)は可能でした。したがって、⑴の問いについては、それは可能だということになります。
また、一部分割の必要性があり、遺産分割の公平性を害するおそれがない場合には、審判における一部分割も可能だと考えられていました。したがって、⑵の問いについては、上記の条件を満たすのであれば、可能ということになります。しかし、協議による一部分割や家庭裁判所に対する一部分割請求が可能であることが条文上明示されているわけではなく、またその要件が必ずしも明確ではないとの問題点も指摘されていました。
(注記)なお、改正前で平成28年の大法廷決定の出現前は、預金債権を含めた金銭債権(可分債権)は、相続開始とともに当然分割されて遺産分割の対象から外れるという扱いでした。しかし、共同相続人の同意によって遺産分割の対象にすることも認められていました。したがって、共同相続人に同意がある場合には、預金債権を含めた遺産分割を行うことも可能であったわけです。この論点については、前回詳しく扱いましたので、参照して下さい。
【改正への動き】
1 中間試案
今回の開催作業の当初は、この点の改正は考えられていませんでした。しかし、『中間試案』の段階になって、この論点が取り上げられました。
その背景として大きかったのは、従来は原則として当然分割とされていた金銭債権(可分債権)について判例法理を改め、遺産分割の対象に含めるという考え方が提示されたことです。これによって、たとえば不法行為に基づく損害賠償債権のように、その存否および額の把握が必ずしも容易でないものが遺産分割の対象に入ってくることになります。しかし、その存否・額などが明確になるのを待っていたのでは、遺産分割が著しく遅れてしまいます。そこで、そのような財産を除外した一部分割が可能であることを明確にする必要があると指摘されたのです(『中間試案の補足説明』33頁)。
もっとも、この案は、あくまで遺産全部を対象とする遺産分割請求において、一定の事情がある場合には、一部分割の審判をすることが可能であるとするものでした。それは、一部分割の対象から外れた残部については、分割しない旨の審判をする(却下の審判をする)ということを意味します(『追加試案への補足説明』24頁)。
2 その後の経緯
その後、最高裁平成28年決定によって、預貯金債権については当然分割の考え方が否定されたものの、他の金銭債権については従来の判例法理である当然分割法理が維持されました。つまり、金銭債権一般については、遺産分割の対象から原則として外れるわけです。そうしますと、上で見た『中間試案』の前提が変わってきたということで、それに対する批判的見解が有力に提示されるようになりました。端的に言えば、『中間試案』の考え方では、当事者の裁判を受ける権利が侵害される危険はないか、ということです。遺産全部の分割を請求したにもかかわらず、家庭裁判所の判断によって一部だけの分割に止まり、残部については却下されるということがありうるわけですから。
このような批判を受けて、『中間試案』の考え方は放棄されました。しかし、一部分割の有用性はやはり存在するということで、『中間試案』とは異なる観点から、一部分割の要件の明確化が図られました(『追加試案への補足説明』24頁)。
【改正法の基本的考え方】
改正法は、共同相続人は遺産についての処分権限があるという原則を制度設計の基礎に据えています。そこで、共同相続人には、当然に、協議による一部分割の自由が認められますし(改正民法907条1項)、一部分割を家庭裁判所に請求する可能性も認められます(同条2項)。後者は、従来も、一定の要件を満たすことを前提に実務上認められていたものですが、『中間試案』では、この考え方は採用されていませんでした。
もっとも、家庭裁判所による一部分割の審判が認められるためには、従来から、一定の要件=一部分割をしても遺産全体についての公平な分割を害さないことが条件でした。この点を明示することも改正法の課題でした。改正法は、これを「他の共同相続人の利益を害することがない」という形で規定しています(改正民法907条2項ただし書)。
Ⅱ 遺産分割前の財産処分の規律
【問題の所在】
ここでも、最初に設例を出して、どのようなところに問題があるかを確認しておきます。共同相続人に1人によってその持分の処分が行われるケースがここでの問題です。
設例2
Aが死亡し、相続が開始しました。相続人は、子であるB、C、Dの3人です。Aは、遺産として甲不動産(時価9000万円)および乙不動産(時価3000万円)を所有するほか、E銀行に1200万円の銀行預金を有しています。
Bが甲不動産の持分をEに3000万円で売却しました。それを前提としてBCD間で遺産分割協議をしましたが、話がまとまりません。そこで、家庭裁判所に遺産分割の請求がなされました。しかし、遺産分割の調停もまとまりませんでしたので、事件は、審判に移行しました。家庭裁判所は、どのような考え方で遺産分割の審判をすべきでしょうか。
【改正前の扱い】
この論点については、明文の規定はなく、また明確にこれに言及した判例もありませんでした(『追加試案への補足説明』31頁)。学説も分かれており、一方では、①持分譲渡の対価は代償財産として遺産分割の対象にすべきだという見解もありましたが、他方では、②遺産分割はあくまで現存する遺産を対象とする手続であるとして、Bが取得した持分の対価を遺産分割から排除するという見解もありました。
①であれば、共同相続人間で不公平は生じません。BCDは、1億3200万円の遺産を3人で分けて各4400万円を受けとります。しかし、②ですと、不公平が生じることが明らかです。遺産分割の対象は、1億3200万円からBが譲渡した持分価格3000万円を除いた1億0200万円になります。これをBCDで分けると、各3400万円ということになります。したがって、CDが各3400万円であるのに対して、Bは、譲渡の対価の3000万円を加えて合計6400万円を得ることになるからです。
②の考え方は、この不公平を是正するためには、遺産分割ではなくて、不法行為や不当利得という別の制度を使うべきだと主張することになるでしょう。しかし、自分の持分を譲渡しているBの行為が不法行為だと評価することはできません。また、遺産分割によってBの不当利得が生じていると考えることも、Bの取得には法律上の原因があるわけですから、難しいと言わざるをえません。結局、不法行為や不当利得という一般法理で解決の公平性を確保することも、難しいと言わざるをえません。
【改正法の基本的考え方】
以上の問題状況を踏まえつつ、改正法の基本的考え方は、次のように説かれました。「共同相続人の一人が遺産分割前に遺産に属する財産を処分した場合に、処分をしなかった場合と比べて取得額が増えるといった不公平が生ずることがないよう、これを是正する方策を設けるものとする」(『追加試案補足説明』31頁)。まことに正当な問題意識です。
そのための具体的方策としてはいくつかの制度設計がありえますが、改正法は、結局、①全員の同意によってその処分された財産が遺産分割時に遺産として存在するものとみなすことができるとしつつ(改正民法906条の2第1項)、②処分の当事者になった共同相続人についてはその同意を得ることを要しないものとしました(同条2項)。現実に重要な意味を持つのは、言うまでもなく②です。設例に即して言えば、CDが希望すれば、Bの同意を要せずに、Bによって処分された持分が遺産に属するものとみなして、遺産分割をすることができるからです。これによって、【改正前の扱い】で紹介した学説①の説く扱いと同じ処理ができることになりました。
改正法の基本的考え方について、異論はまずないものと思われます。むしろ、このような相続法上の公平を図るための基本的考え方を法改正で明示することが必要であったということ自体に、日本の相続法の基本的問題点が露呈していると言うべきなのかもしれません。しかし、このような日本相続法の基本的問題点を深掘りすることは、この連載の課題を超えることになるでしょう。
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