トピックス

HOME > 改正相続法を知ろう!~連載第11回~

改正相続法を知ろう!~連載第11回~

 弁護士・北海道大学名誉教授 吉田克己

 

連載第11回 可分債権と預貯金債権

 この連載では、今回の相続法改正の対象となった諸制度のうち、最初に配偶者保護を強化するための諸方策を取り上げ、次いで遺言活用を促進する諸方策について取り上げました。前回からは、それら以外の改正で重要なものを取り上げています。今回は、可分債権と預貯金債権に関する承継のあり方について取り上げることにします。

【問題の所在】

 設例を出して、どのようなところに問題があるかを確認しておきます。

設例

 Aが死亡し、相続が開始しました。相続人は、配偶者(妻)のB、長男のC、長女のDの3人です。Aは、遺産として甲不動産および乙不動産を所有するほか、E銀行に1200万円の銀行預金を有しています。

 BCDは、遺産分割の協議を開始しましたが、協議は難航しています。Bは、1200万円の銀行預金について、法定相続分に対応する600万円の払戻をE銀行に請求しました。認められるでしょうか。

【判例の変遷と相続法改正への道】

 この設例の解決については、判例の変遷があります。それと今回の相続法改正の内容が関連し合っています。そのような推移を時系列に即して簡単に確認しておきましょう。

1 可分債権の当然分割と遺産分割からの排除

(1)判例法理

 当初の判例は、預金債権を含めた可分債権について、共同相続が生じると、法定相続分に基づいて当然に分割されるものと解していました。したがって、それは、遺産分割から当然に除外されるわけです。上記の設例に即して言いますと、Bに600万円、CとDに各300万円の預金債権に分割されるわけです。したがって、設例でのBの請求は、当然に認められることになります。

 しかし、この原則を貫徹しますと、遺産分割が難しくなることはたしかです。設例でも、2個の不動産を3人の相続人で分割するためには、難しい調整を必要とします。預金債権も含めて、それをいわば調整の手段として用いながら遺産分割を行うほうが、遺産分割における合意がまとまりやすいことは、容易に見て取ることができるでしょう。そのような事情もあり、実務では、共同相続人全員の同意がある場合には、預金債権も含めて遺産分割を行うことを認めていました。

(2)銀行実務

 ところが、以上のような確固とした判例法理にもかかわらず、銀行実務は、判例に抗して、預金口座の名義変更手続きが済むまでは(このためには、遺産分割協議書または遺言書その他の書類が必要になります)、口座を「凍結」する扱いをしていました。葬式費用のためなどに当座必要な金額の引き出しに応じる銀行もあったようですが、個別対応になります。そうしますと、相続が開始しますと、当面必要なお金に困ることにもなります。入院費用の精算、葬式費用などです。また、電気料金、水道料金等の自動振込みもできなくなります。ですので、死亡が近づいたら、預金を一部下ろして手許に現金を作っておかないと困るとも言われていました*。

 *もっとも、銀行がどのようにして死亡を知るのかという問題もあります。役所から通知が行くわけでもなく、組織的に顧客の死亡を知ることができる態勢になっているわけではありません。新聞等の死亡広告などで知ることはあるでしょうが、それは、偶然ということでもあります。このように、預金名義人の死亡を銀行に知られず、口座を凍結されずにATMなどで事実上引き出せるということもありうるわけです。

 したがって、設例におけるBの請求は、銀行実務に従えば認められなかったわけです。訴訟に持ち込めばBは勝てるのですが、それは、Bにとってはなかなか大変です。

このように、銀行預金については、判例と銀行実務がまっこうから対立していました。実務は判例に合わせるのが常ですので、これは、かなり珍しい事態でした。

2 相続法改正作業と預貯金債権に関する大法廷決定の出現

(1)相続法改正作業

 今回の改正作業の初期の段階では、可分債権一般について判例法理の見直しが検討されていました。つまり、①当然分割、②遺産分割からの排除という判例法理を見直して、①当然分割の否定、②可分債権も遺産分割の対象に含める、という方向での改正が検討されていたのです。

 その理由として指摘されていたのは、まず、遺産の全部または大部分が可分債権である場合には、特別受益や寄与分を考慮することなく、可分債権は形式的に法定相続分に従って分割承継される結果、相続人間の実質的な公平を図ることができないことです。また、可分債権は、遺産分割を行う際の調整手段として有用であることも指摘されました(以上について、『中間試案への補足説明』〔2016年7月〕25頁参照)。これらは、もっともな改正理由で、この方向での改正が期待されていました。

(2)平成28年(2016年)大法廷決定の出現

 ところが、状況は、平成28年12月19日の大法廷決定(民集70巻8号2121頁)の出現によって大きく変わりました。

 この大法廷決定は、普通預貯金について、従来の判例法理を変更して、当然分割を否定しました。その理由としては、2点が挙げられています。第1は、その妥当性です。つまり、公平な遺産分割を行うためには、調整用財産が必要であり、その観点から、預貯金についての当然分割を否定するのが望ましいということです。第2は、その理論的根拠です。ここでは、普通預貯金債権の法的性質論が援用されます。判旨を引いておきましょう。

 「普通預金債権及び通常貯金債権は,いずれも,1個の債権として同一性を保持しながら,常にその残高が変動し得るものである。そして,この理は,預金者が死亡した場合においても異ならないというべきである。」→「上記各債権は,口座において管理されており,預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り,同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在し,各共同相続人に確定額の債権として分割されることはないと解される。」

 ここからは、この判旨の射程は、普通預貯金債権を超えて可分債権一般に広く及ぶわけではないことが示されています。実際、この判例は、可分債権一般についての判例の変更は、行っていません。

(3)相続法改正作業への影響

 この大法廷決定を受けつつ、法改正としては、初期の改正構想を受け継いで、可分債権一般について判例法理を見直すという選択肢もあったはずです。しかし、現実の改正作業は、そのようには進まず、可分債権一般についての実体法上のルールを規定するという方向は見送られました。

 大法廷決定は、先に見ましたように、預貯金債権を想定した理論的正当化しか行っていません。これを拡大して、可分債権一般について当然分割を否定する理論的根拠を見出すことが難しかったということが、可分債権一般を対象とする法改正を見送った背景にある1つの事情として指摘されるでしょう。また、当然分割原則の問題性は、預貯金債権において特に顕著でしたから、この問題性が大法廷決定によって解消された以上、困難を押してまで可分債権一般についての規定を新設する必要性が感じられなかったという事情も指摘することができるでしょう。

 ところで、大法廷決定は、先に紹介しました銀行実務の扱いを追認するものです。銀行実務の下で預金債権が「凍結」されるという問題があることも、先に述べました。現実の法改正は、この問題性に対処する「小改正」の方向に向かうことになりました。

【相続法改正の内容】

 今回実現した改正には、民法相続法自体の改正と、それと密接な関連を有する家事事件手続法の改正との2つの内容があります。

1 仮払制度の導入:民法の改正

(1)原則

 大法廷決定が改正相続法の下でも生きていることは当然です。したがって、預金債権の当然分割は否定されますから、改正法の下で、設例におけるBの請求は認められません。

 なお、大法廷決定の趣旨を条文で明記するという方向もありえました。しかし、その方向は、反対解釈をされる危険があるということで、採用されませんでした。つまり、預貯金債権以外の可分債権についての扱いは、今後、学説の議論と判例による法形成に委ねられるということです(国債や投資信託受益権など、一定の債権については、大法廷決定以前に、当然分割の否定が認められていました)。

(2)仮払制度

各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち、その相続開始の時の債権額の3分の1に当該共同相続人の法定相続分を乗じた額については、単独でその権利を行使することができる旨の改正が実現しました(民法909条の2)。この権利行使は、法務省令で定める額を限度とします。この限度額は、結局、150万円と定められました(平成30年法務省令第29号)。

設例に即して言いますと、相続開始の時の債権額の3分の1は400万円ですから、これにBの法定相続分2分の1を乗じますと200万円になります。これは、限度額150万円を超えていますので、Bは、限度額の150万円の払戻をE銀行に請求することができます。この額は、遺産分割の際に当然に考慮されて、Bは、その額だけ少ない分割を受けることになります。

この限度額は、民法909条の2の規定では、「預貯金債権の債務者ごとに」定められます。これは、要するに銀行ごとに150万円ということです。設例では銀行はひとつですが、Aが複数の銀行に預金口座を持っている場合には、各銀行について、150万円を限度として払戻を請求することができることになります。

2 仮分割の仮処分:家事事件手続法の改正

(1)改正の趣旨

 今回の相続法改正と同時に家事事件手続法が改正され、200条3項が新設されました。これを用いて、Bは、上記の仮払制度とは別に、預金債権の全部または一部の仮分割を受けることもできます。改正前にも遺産分割前の同種の仮処分の制度はあったのですが(200条2項)、「事件の関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」という厳格な要件が課されていたため、現実には、ほとんど用いられていませんでした。今回の改正は、この要件を緩和して、利用しやすい制度にするという趣旨で行われました。

 なお、この仮処分を利用するためには、遺産分割の調停または審判の申立てを行っていることが必要です。つまり、本案の係属が要件となっているわけです(本案係属要件)。制度の利用しやすさの観点からこの要件を外すことも検討されたのですが、家事事件の仮処分はすべて、本案の係属を要件としていますので、その例外を認める理論的根拠が見つからないということで、本案係属要件が求められました。

(2)改正内容:仮処分の要件と効果

 家事事件手続法200条3項の仮処分が認められるためには、「相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権(……)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるとき」という要件を満たすことが必要です。この要件は、上記の200条2項の仮処分の要件よりも、大きく緩和されています。これが今回の改正のポイントです。

 この要件の充足が認められますと、家庭裁判所は、「遺産に属する特定の預貯金債権の全部又は一部をその者に仮に取得させる」ことができます。このように、全部の取得も可能なのですが、他方で、この仮処分は、他の相続人の利益を害することができません(200条3項ただし書)。そのため、現実には、一部の取得、より具体的には法定相続分の取得を認めることが多いだろうと考えられています。

 この取得は、「仮に」認められるものです。つまり、調停や審判に基づく本分割においては、仮処分による仮分割に拘束されることなく、改めて預金債権を含めて遺産分割が行われます。とはいえ、現実には、仮処分の結果を尊重した遺産分割審判等がなされることになるでしょう。

 

改正相続法を知ろう!の記事一覧

改正相続法を知ろう!~連載第12回~

改正相続法を知ろう!~連載第11回~

改正相続法を知ろう!~連載第10回~

改正相続法を知ろう!~連載第9回~

改正相続法を知ろう!~連載第8回~

改正相続法を知ろう!~連載第7回~

改正相続法を知ろう!~連載第6回~

改正相続法を知ろう!~連載第5回~

改正相続法を知ろう!~連載第4回~

改正相続法を知ろう!~連載第3回~

改正相続法を知ろう!~連載第2回~

改正相続法を知ろう!~連載第1回~

 

〒060-0002
札幌市中央区北2条西9丁目インファス5階
TEL 011-281-0757
FAX 011-281-0886
受付時間9:00~17:30(時間外、土日祝日は応相談)

はじめての方でもお気軽にお問い合わせください。

お問い合わせ

お悩みや問題の解決のために、私たちが力になります。折れそうになった心を1本の電話が支えることがあります。
10名以上の弁護士と専門家のネットワークがあなたの問題解決をお手伝いします。まずはお気軽にお問い合わせください。